日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落」
日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落」に、多度津町が加わりました!
多度津は古くからの港町で、江戸時代、元祿7年に多度津京極藩となると、その管理のもと本州からの玄関口の一つとしてさらに栄え始めます。
特に江戸時代後期、天保9年に整備された多度津湛甫は北前船の寄港地なりました。
そして廻船業に従事した商人たちが台頭し、港に接続する桜川の河口には交易品を納める海鼠塀の藏が、本通の町並みには町屋形式の住宅が建ち並びました。
加えて琴平との接続の便利さから、文化文政期(1804~1829 年)や天保期(1830~1844 年)などの江戸時代後期(18 世紀後半~)に多度津を起点とした金毘羅参りが盛んになります。金毘羅参りのための街道も廻船業で財を成した商人たちによって整備され、「多度津金毘羅街道」とも称されるようになります。
以上のように多度津港の発展が、北前船による交易と密接に関わっており、さらにそれに関わる文化財が多く残っていることから、日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落」の団体に加わることになりました。
多度津町からは12点の文化財が日本遺産に登録されました!
詳しくは、下記pdfファイル「多度津町日本遺産マップ」をご参照ください。